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脱原発を宣言・実行しているヨーロッパの国々

長いこと原発に依存しているヨーロッパ。世界の原発のほとんどは、ヨーロッパ・北米・アジアの先進国に集まっていると言っていいでしょう。

原発から手を引くということは、かなりの課題を残します。

莫大な廃炉費用、原発関連の仕事をしている人たちの再雇用、原発で潤っていた地元の財源、原発に変わるエネルギー源とシステムの構築・・・

挙げればきりがなく、考えただけでも脱原発が無理な気すらしてきます。

しかし、そんな難しい課題に直面しながらも、それでも脱原発に挑戦した国。

それほどに原発が危険なものだと、人類にとって滅びを意味するくらいなら廃止した方が良いという決断をした、きっかけの大事故。

今日はその大事故を調べてみました。

調べれば調べるほどに、なぜ今も原発が稼働しているのかがわからなくなってきます。



 

アメリカ・スリーマイル島原子力発電所事故

 

1979年に、ペンシルバニア州のスリーマイル島にある原子力発電所。

もっとも技術の進んだアメリカで起きた大きな事故で、当時世界に衝撃を与えました。

原子力発電所は、環境にやさしく最も安全だと言われていた発電方法でしたが、この事故で一気にその考えは覆されたのです。

 

そもそもこの施設は、建設予算と実際の費用が大きく異なったことにより、費用を切り詰める必要がありました。

建設費を削減するために、原発以外で使われていた部品を使うことによってテスト段階で不具合が生じていたものの、当時安全だと言われていた原発を過信して稼働開始したために起こった事故ともいえます。

 

これまで原子力発電所は万が一事故があっても炉心を冷やす緊急冷却装置が作動するので、大事故にはならないと言われていましたが、この事故はまさに、炉心が冷却できずに燃料棒が溶解するという事態になった大事故だったのです。

事の始まりは、炉心から離れた小さなトラブルでした。冷却水ポンプへの給水が止まってしまったために、炉心の冷却ができずに圧力が上昇したことによって、蒸気を逃すための安全弁が開きました。

ここで、圧力が正常になっても安全弁が閉じないという不具合により、そのまま蒸気が出続けて、原子炉の冷却材が出て行ってしまいます。

ここで自動的に異常を察知し、非常用炉心冷却装置が作動しましたが、137個もの異常を知らせるランプが一気に点滅・作動したために混乱した作業員が正しく事態を把握できず、逆に冷却装置を停止してしまいます。

結局は安全弁から500トンもの冷却水が流れ出し、炉心の燃料棒がむき出しになり、そのまま溶解・崩壊しました。

 

この事故を受けて、周辺住民は避難を強いられました。

また、近くにニューヨークやワシントン・ピッツバーグといった大都市があったために、非常に緊迫した日々だったといいます。

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現在までの被害状況をまとめた情報は、公的にはありません。

被害を訴えていた住民たちは、裁判が長引くにつれて、裁判費用が持てずに疲弊していきました。

そのまま、疲れ切った住民は健康被害についての因果関係や責任の所在をはっきりすることのできないままに、電力会社と和解することになったのです。

それをいいことに、電力会社は事故と健康被害の因果関係を最後まで認めませんでした。

 

 

 

ソビエト連邦(現ウクライナ)・チェルノブイリ原子力発電所事故

1986年、現在のウクライナにあった原子力発電所の事故。

国際原子力事象評価尺度において、最悪のレベル7の大事故です。

事故当時は稼働していなかった4号機において、非常用発電系統の実験中に事故は起きました。

 

特殊な条件下での実験だったこと、現場の責任者が原子炉の特性を認知していなかったこと、実験本来の条件や手順を無視したこと、炉心の設計がコスト削減により安全性に欠けていたこと、作業員が経験不足であったことなど複合的な要素がからんでの事故。

結果的に炉心が融解、さらに爆発を起こし、推定10トンもの放射性物質が大気中に放出されました。これはだいたい広島原爆の400倍もの放射線量だと言われています。

なんと当時のソ連は、この事実を周辺住民に知らせなかったために、超高濃度の放射線量の中を数日はいつも通りに過ごしていたといいます。

翌日になって、スウェーデンの原子力発電所が高線量の放射線物質を検出し、ソ連が事故を調査・認めることになります。

なんて遅い対応なんでしょう。放射線をなめているか、国民を見殺しにしているか。いずれにせよ当時のソ連の事実隠しは罪深いものです。

この大量の放射性物質はヨーロッパ全土を強烈に汚染し、はるか遠くの日本の雨からもセシウムが検出されています。

 

原発があるともうアウト!?駐妻必見!各国の放射線事情 ヨーロッパ編

 

事故から30年たった今現在でも半径30キロ圏内は居住禁止、350キロ圏内のホットスポットでは農業・酪農業禁止、またその周辺地域でも制限がかかっている状態です。

しかし、事前にウクライナ政府に申請しパスポートを見せれば、原発の目の前まで入ることができます。廃炉作業が続く今、約17000人が観光で原発を訪れると言います。

原発内は白衣を着て見学可能になっていますが、なかなか勇気のいるものですよね。

4号機には、当時作業していた作業員の遺体があるとみられていますが、未だに放射線量が高く内部での捜索ができない状態です。30年たった今でも、そんなところで事故の傷跡が見て取れます。

4号機から漏れ出している放射性物質を防ぐために覆うように作られた石棺も、そろそろ寿命。新しいシェルターがまさに完成間近です。

当時の除染作業に放射線を防ぐための装備もなく、15を数えて現場から走り去る、ということを繰り返していたような現場でした。かかわった人々は、次々に病気になりましたがウクライナ政府は事故との因果関係を否定。特に政府から手厚い補償もなく、今なお放射線の影響に苦しめられていると言います。

 

日本・福島原子力発電所事故

不名誉なことに、日本でも最悪レベル7の大事故が起こってしまいました。

あの莫大な被害をもたらしたチェルノブイリと同じレベルです。

こうやって歴代の大事故を見てくると、原子力に対する脅威は世間に知れているし、国の対応も早い方ではなかったかと思いますが、国民全体が事故の重大さをまだまだ軽く見ているような感じがします。

チェルノブイリの様子からして、事故を起こしてまだ10年もたたない日本が3年後にオリンピックを開ける状態にあるとは思えません。

 

事故は東日本大震災の日に起きました。歴史に残る大地震が日本列島を襲い、

1・2・3・号機は地震により自動停止し、さらに停電で電源を失いましたが、きちんと非常用発電機が起動した状態でした。

しかし。 巨大津波が襲来。 海岸沿いの町を飲み込み、ものすごい数の人々がその犠牲になってゆく映像は一生忘れられないものになってしまいました。

その津波が原子力発電所まで到達し、非常用発電機が海水により故障。その他の設備も損傷したために、全交流電源喪失状態に。原子炉や、核燃料プールへの注水ができなくなり、炉内が空焚き状態、高熱のために燃料溶解へと進んでしまいます。

さらに、その熱の影響で様々な設備に損傷を与え、水素が大量発生し、1・3・4号機がガス爆発を起こしました。

これにより複数の設備の損傷から大気、土壌、海、地下水へ大量の放射性物質を放出してしまうという、事実上チェルノブイリを上回る大事故となりました。

電源の補充には様々な手段を残しておいたものの、予想されないほどの大地震・津波により、電源補充が困難になり、次々と起こる予測不能なトラブルに長時間全身全霊で対応をしていた作業員の方には頭が下がります。

今だから言えますが、どうしようもない想いで、できる限りの、思いつく限りの対応を分刻みでされていたからこそ、今の状態であることを忘れてはなりません。

そのうえで、原子力発電を推し進めてきた私達人類の罪を問わなければいけません。

今更「誰が悪い」「あの時の〇〇がいけなかった」というのは、後から冷静に見た第3者だから言えることです。

事故がなければだれも何も言わなかった。

事故処理の最中は、作業員が命がけで対応していた。

それを今さら、さんざん恩恵を受けてきた国民がブーブー言えるものではありません。

これから先、どうするかをよく考えることが大切なのではないでしょうか。

 

福島の今は、リアルタイムで感じていますよね。

未だ高い高線量で帰還できない人々、避難を強いられて疲弊している人々、この先被ばくと戦っていく人々。

まだ福島原発の後始末は今なお続いていますし、健康被害についてはこれから問題がでてくるはずです。

 

 

そして脱原発へ

イタリア・ドイツ・スイスは、これらの事故を教訓に原発から手を引くことに決めました。

これか脱原発に向けて課題が出てくることでしょう。しかし、その姿勢だけでも自分達人類のために評価したいところです。

日本は事故を起こしながらも、果たしてどんな道をたどるのでしょうか。