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入院してからの日々

母が入院してすぐに手術の日程が決まり、毎日麻酔の呼吸の練習と、水を大量に飲む練習を繰り返していました。

水は、手術の前日に下剤を飲まなくてはいけないらしく、それがなかなかきついということで練習していました。

しかも、母の大嫌いなポカリみたいな味の下剤を1リットル近く飲むそうです。うう、キツイ。

呼吸の練習も、「麻酔で意識がないのに、呼吸の練習なんかして意味があるのかな―」なんてのんきなことを言っていました。

なんにせよ、結婚してから初めて家事から解放されたと言っても過言ではない母、変な言い方ですが「ゆっくりしてほしいな」なんて思っていました。

いそいそと忙しくても病室に通う父を見て、

「優しい旦那さんですね」

なーんていう看護師さんもいて、「ふっ」てみんなで笑い話にしていました。

あっこれは前回も書いたか。でも、父が「優しい旦那さん」という想定外すぎる評価をいただいたことが面白すぎたので、何回でも書いてしまう(笑)



 

手術の前日

 

病院のご飯は味がしないとか、何もすることがなくて暇だとか(今までに時間を持て余したことなんてなかったから)、そんなこんなしているうちにあっという間に手術の日は迫ってきました。

いかんせん、母から聞いた話を書いているのでちょっと大げさな部分もあるかもしれませんが、手術前日の夜。

とにかく腸を空っぽにするべく、あの「ポカリ味」の下剤を大量に飲む、飲む、飲む。

ポカリなんか絶対に飲まない母は、きっとこの時点でほぼギブアップしたかったことは容易に推測できます。

ただでさえ300mlの目って言われてもきついのに、500mlどころか1L近い。

飲めって言われて飲めるもんじゃないですよね。

もちろん一度に飲め、ではないですけど。

この下剤、さすが病院が渡してくる下剤だけあって効果はすごく、

とにかく夜は一睡もできなかったほどにトイレを往復していたのだとか。うう、ツライ(2回目)

最後の方は水しか出なかったというのだから、もう腸洗浄みたいなもんです。

お腹も痛くならないっていう割には痛くてずっとトイレにいたとか、ポカリ味が気持ち悪くて吐き気もしたとか、とにかく大変な夜だったみたいです。

「こんなに眠れていないのに、次ぐ日に手術って体力的に大丈夫なんですか、先生?」

と思いながらも、もう下剤を飲みたくないという理由だけで何も先生に訴えなかったそうです。さすが頑固者。

 

そして、手術。それぞれの家族の想い。

 

手術の日は、駆け付けることができませんでした。でも、もちろん父はずっと病院にいたし、弟も仕事終わりに寄ってくれる予定だったので連絡だけ待っていました。

待つ側って、きっとものすごい長く感じるし、とにかく他のことが考えられないし、手術室まで見届ける心境も圃場につらいものだと思います。

「待つ」ことが超のつくほど苦手な父も、今回ばかりは文句も言わずに病室にいたと言います。

とにかく、お医者さんというお仕事はすごいもので、何時間にもわたる手術をずっと集中しているのですから頭が上がりません。

仕事をしながら連絡を待っていた私は一番楽だったと思いました。

 

とにかく手術が終わったよと連絡をもらったのは、夕方。

いつ終わったのかわからないけれど、ひと段落して私に連絡しようと思ったのだと思います。

癌は、こぶし大の大きさであったこと、

大腸の腫瘍はキレイに取れたということ、

筋肉をくっつける手術が今後必要だということ、

しばらくは絶食だということ、

弟が身に行ったときはまだ麻酔から覚めていなかったということ、

そんなようなことがメールに入っていました。

でもきっと目が覚めていたら、無理にでも話そうとか、なんかしようとすると思うので、寝ていてくれてよかったのかもしれません。

 

今後は首のリンパの癌をどうするか、様子を見て決めていこうという事でした。

 

日頃の体力っていざというときに大切な分かれ道になる。

 

目が覚めてからはとにかく傷の痛みと戦うしかなく、ご飯を食べられないので(消化器官としての大腸が術後のため)、点滴で暮らすことになり、体重は一気に減っていきました。

入院した時に少し太めだったからよかったものの、スレンダーな母だったら、術後の体力回復にも時間がかかったかもしれません。

忙しくって毎日自転車で爆走している母だったからよかったものの、家でおとなしくしているタイプの奥さんだったら、この入院生活で歩けなくなっていたかもしれません。

それくらい、体力も筋力も落ちていくのが癌の入院生活なんだと思いました。

 

しばらくは点滴、それからぐちゃぐちゃの流動食(母は猫缶を水で溶いたやつみたいなんて言っていました 笑)、そしておかゆ、と何段階もステップを踏んで食事は進んでいきました。

しばらくは濃い味、辛い物はNGということで、それは退院後何年も続きました。

超心配した祖母が、何もわからずにゼリーなら食べられるかなと思って買っていったのですが、食べられずに冷蔵庫に入っていたのをもらった時は、何とも言えない気持ちになりました。

祖母は、母にとって義母にあたります。結婚してから今までの苦労と、今ご飯を食べられない苦労と混ざったのでしょう。

複雑な表情をしていました。

でも、私にとっては大好きな祖母。これなら大丈夫かなと思った祖母のやさしさの詰まったゼリー。

誰も悪くない。でも、なんか重い空気。

そんな日々が続きました。



 

つづきます